2015年11月28日土曜日

Ni-Tiロータリーファイルは歯根破折を引き起こすのか?

アメリカは今日からサンクスギビングで街中静かである。

公立図書館もUSCの図書館も開いておらず、我々家族はパームスプリングスという場所(砂漠の街)に来て穏やかに時間を過ごしている。

来る途中、フリーウェイから見える数多くの風力発電は圧巻であった。



アメリカという国は、電気代が異常に安い。(どんなに使い続けても月30ドルもかからない)

それがなぜか?をうなづかせる光景であった。

こんなに広大で、資源が豊かで・・・

今更ながら米国と日本の差をまざまざと見せつけられた思いである。

私は一日中、プールや広大な芝生でサッカーに興じる家族を尻目に、一人ホテルで論文を読み込んでいた。。。寂しい。。。というか完全に家族からは人非人扱いである。。。

そんな中で、面白いテーマに遭遇したので今回は久しぶりにブログの更新を兼ねて紹介してみたい。

Ni-Tiロータリーファイルが市場に出現して以来、根管治療のスピードや効率は格段に進歩した。(1,2)

またその柔軟性からハンドファイルでは医原的な変異を作っていたがために達成が困難であった、”根尖部を大きく拡大すること”も可能になり、根尖部を大きく拡大すると細菌が少なくなることが知られている。(3,4,5)

さらにNi-Tiロータリーファイルは規格化されているので、それに合ったガッタパーチャを使用すれば根管充填も素早くできるし、術後のレントゲンも満足のいく像が得られることが多い。(6)

このようにもはや歯内療法臨床でなくてはならないものとなったNi-Tiロータリーファイルであるが、近年、ロータリーファイルを使用したがために歯根にマイクロクラックが入りそのことで歯根破折が起きるのではないか?という報告がJOEでもIEJでも多く見られるようになった。

例えば、以下のような報告をabstractで知ることができるだろう。

- ハンドファイルの方がロータリーよりもマイクロクラックが入らない(7)

- ロータリーでもレシプロモーションのものが、そうでないものよりもマイクロクラックが入らない(8)

- レシプロでもロータリーでも差はないし、どんなファイルを使用しても程度の差はあれ、マイクロクラックは入る(9,10)

- SAFファイルはロータリー、レシプロよりもマイクロクラックが入らない(11)

etc...

こんなにいろんな情報を言われると頭が混乱してしまうが、一体我々はどうすればいいだろうか??

ここで大事なことは、以上の報告の多くは抜去歯牙で行われているという点である。

例えば同じような問題の例を挙げると、外科治療時の超音波での逆根管形成があるが(逆根管形成で歯根にヒビが入る)、それらの多くはin vitroでの報告である。(12,13,14)

in vivoでは歯牙は周囲に骨、歯根膜で覆われているためそれがクッションになって歯根破折は起きない(超音波のパワーを大きくさえしなければ)という意見が支配的である。(15,16)

ではNi-Ti ロータリーでのマイクロクラックはどうか?といえば、そのほぼ全てが in vitro(抜去歯牙)での実験であるということだ。(9,10,17,18)

最もよく行われている実験が、根管形成して根を切断して、切断部位に亀裂が入っているかどうかを顕微鏡で見るものである。

しかしこの手の実験には多くの欠点が隠されている。

①根を切断する時マイクロクラック発生する可能性がある

②切断部分のみを断片的に二次元でしか検査できない。(3次元的評価ができない)

③抜歯された歯の年齢、理由が不明なことが多いのでそもそも与えられた歯の象牙質の質や密度に影響がある可能性

④根管形成、切断、断面の精査時に歯が乾燥していると歯は自動的に割れてしまう

⑤抜去歯牙を保存液に入れることで象牙質が変化し、乾燥する可能性

この中で最大の問題が④だ。

歯は乾燥していると図のように勝手に割れていく。






(Shemesh 2015 Endodontic Topicsより引用)

これでは、根管形成で歯が割れたのか、乾燥して勝手に歯が割れてしまったのか?わからない。

それでは、ということで歯を切断せずにメチレンブルーで歯根の破折の有無を見る研究もある。(19,20)


(Shemesh 2015 Endodontic Topicsより引用)

根切断の必要ないのでそれによる破折のリスクを下げることができる。ただし、歯根が乾燥していると勝手に割れていくので、そうならないように工夫を施した実験も散見されるが、人体の口腔内とは規格が違う。

それでは、μCTで、レントゲンにより精度高く歯根破折を確認してみようという試みがなされている。(3つしか文献はない→21,22,23)

μCTを用いれば、歯質を破壊することなく破折を確認できるかもしれない。

このμCTでの調査(3つの文献)での結論は、Ni-Ti Rotaryを使用したからといって破折が増えたという結論は得られなかった。

ただしμCT自体の解像度が破折を確認するのに不十分な可能性が指摘されているというのが欠点である。

そこで、Popたちはsynchrotron radiationを使用して(より解像度が高いμCTを使用)マイクロクラックの有無を調べた。(23)


(Shemesh 2015 Endodontic Topicsより引用)

すると・・・Ni-Ti rotary, のみならずレシプロを使用しても破折が確認されたという悲しい結果になってしまった。(しかし、なんと治療してない歯にも多くのマイクロクラックが存在した!)

しかしこの研究の最大の問題が、対象となる歯が乾燥状態で撮影されたかどうかが不明なのだ。

乾燥していると歯は自発的に破折することは先に述べた。

またμCTでマイクロクラックの有無を調べるためにレントゲンを撮るのに1時間もしくはそれ以上の時間がかかってしまう。

従ってCT撮影時は歯が濡れていることが必要だが、ここがはっきりと述べられていない。

その他、In vivoで唯一の研究がAriasらのカダバー(ご遺体)を用いたもの(24)だ。

下顎前歯を治療せず、ロータリー、レシプロでマイクロクラックの程度を比較した研究である。

結果はマイクロクラックの発生率に有意差がなかった。(しかし、なんとここでも、治療してない歯にも多くのマイクロクラックが存在した!)

カダバースタディの長所は抜歯不要、より患者の口腔内に近い環境(歯の周りに歯根膜あり)であるが、欠点はカダバーを保存する保存液により、象牙質の質と象牙質の物性に与影響が加わる可能性があるという部分であり、やはり完全に口腔内に近い理想的な状態であるとは言い難い。

さて私はこんな話を長々として何が言いたかったのか?

結論は、現段階ではNi-Ti rotaryファイルがマイクロクラックを発生させるかどうか?それが臨床的にどこまで問題になるのか?は不明(25)、ということである。

そうしたら何もできないじゃないか?!

もうロータリーを使用するのはやめよう!やっぱりエンドをすると歯が割れるんだ!という誤解を受けかねないので、ここで私の意見を述べるとしよう。

先に述べた、in vitroでの切断を伴わない研究では、ある一つの特徴が導き出された。

”作業長を解剖学的根尖部より1mm引いた位置に設定すると、マイクロクラックの割合が優位に少なくなる”(作業幅径はマイクロクラックに影響していない)(20)

というものである。

根管形成を行う際に、オーバー形成を避けた方がいい理由がここでも導き出されている。

また、もう1つの特徴が先のsynchrotron radiationの実験、カダバーの実験でもわかったように、根管形成されていない歯にもそもそもマイクロクラックは存在していた、という事実である。

残念ながら、なぜマイクロクラックが根管形成されていない無傷の歯にも存在していたか?はわからない。

現段階では、加齢による歯の変化、咬合による影響が考えられる。(24)

しかし、そもそも歯にはマイクロクラックが入っているのだ、と考えるのであれば、このことがエンドにおいてもミニマムインタベーションを意識した方向へと時代が向かわせているのは疑いがないところだ。

私の意見をまとめると、

①作業長はオーバーにならないように気をつける
②ミニマムインタベーションを意識した根管形成・洗浄を行う(これはテーマが飛んでしまうのでここでは述べない)

ということになる。

さて、ここから先は、来年2月の歯界展望に掲載する予定でいる。

チェアマンのDr.Rotsteinとこの点を来週議論する予定なので、楽しみに?していてください。

References

1. Short JA, Morgan LA, Baumgartner JC. A comparison of canal centering ability of four instrumentation techniques. J Endod. 1997;23(8):503-7.

2. Hata G, Uemura M, Kato AS, Imura N, Novo NF, Toda T. A comparison of shaping ability using ProFile, GT file, and Flex-R endodontic instruments in simulated canals.J Endod. 2002;28(4):316-21.

3. Siqueira JF, Lima KC, Mahalhaes FAC, Lopes HP, de Uzeda M. Mechanical reduction of the bacterial population in the root canal by three instrumentation techques. J Endodon 1999;25:332-335.

4. Card SJ, Sigurdsson A, Orstavik D, Trope M. The effectiveness of increased apical enlargement in reducing intracanal bacteria. J Endodon 2002;28:779-783

5. Baugh D, Wallace J. The role of apical instrumentation in root canal treatment: A review of the literature. J Endodon 2005;31:333-340

6. Zmener O, Banegas G.Comparison ofthree instrumentation techniques in the preparation of simulated curved root canals. Int Endod J. 1996;29(5):315-9.

7. Bier CA, Shemesh H, Tanomaru-Filho M, Wesselink PR, Wu MK. The ability of different nickel–titanium rotary instruments to induce dentinal damage during canal preparation. J Endod 2009: 35: 236–238.

8. Liu R, Hou BX, Wesselink PR, Wu MK, Shemesh H. The incidence of root microcracks caused by 3 different single-file systems versus the ProTaper system. J Endod 2013: 39: 1054–1056.

9. Yoldas O, Yilmaz S, Atakan G, Kuden C, Kasan Z. Dentinal microcrack formation during root canal preparations by different NiTi rotary instruments and the self-adjusting file. J Endod 2012: 38: 232–235.

10. Ustun Y, Topcuoglu HS, Duzgun S, Kesim B. The effect of reciprocation versus rotational movement on the incidence of root defects during retreatment procedures. Int Endod J 2015: 48: 952–958.

11. Hin ES, Wu MK, Wesselink PR, Shemesh H. Effects of self-adjusting file, Mtwo, and ProTaper on the root canal wall. J Endod 2013: 39: 262–264.

12. Saunders WP, Saunders EM, Gutmann JL. Ultrasonic root-end prepa- ration. Part 2. Microleakage of EBA root-end fillings. Int Endod J 1994:27: 325-9.

13. Abedi HR, Van Mierlo BL, Wilder-Smith P, Terabinejad M. Effects of ultrasonic root-end cavity preparation on the root apex. Oral Surg Oral Meal Oral Pathol Oral Radiol Endod 1995;80:207-13.

14. Layton CA, Marshall JG, Morgan LA, Baumgartner JC. Evaluation of cracks associated with ultrasonic root-end preparation. J Endodon 1996;22: 157-60.

15. Calzonetti KJ, twanowski T, Komorowski R, Friedman S. Ultrasonic root end cavity preparation assessed by an in situ impression technique. Oral Surg Oral Med Oral Pathol Oral Radiol Endod 1998;85:210-5.

16. Morgan LA, Marshall JG. A scanning electron microscopic study of in vivo ultrasonic root-end preparations. JEndod 1999;25:567-570

17.  Priya NT, Chandrasekhar V, Anita S, Tummala M, Raj TB, Badami V, Kumar P, Soujanya E. Dentinal microcracks after root canal preparation: a comparative evaluation with hand, rotary and reciprocating instrumentation. J Clin Diagn Res 2014: 8: ZC70–72.

18. Ustun Y, Aslan T, Sagsen B, Kesim B. The effects of different nickel–titanium instruments on dentinal microcrack formations during root canal preparation. Eur J Dent 2015: 9: 41–46.

19. Adorno CG, Yoshioka T, Suda H. Crack initiation on the apical root surface caused by three different nickel–titanium rotary files at different working lengths. J Endod 2011: 37: 522–525.

20. Adorno CG, Yoshioka T, Jindan P, Kobayashi C, Suda H. The effect of endodontic procedures on apical crack initiation and propagation ex vivo. Int Endod J 2013: 46: 763–768.

21. De-Deus G, Silva EJ, Marins J, Souza E, Neves Ade A, Gon"calves Belladonna F, Alves H, Lopes RT, Versiani MA. Lack of causal relationship between dentinal microcracks and root canal preparation with reciprocation systems. J Endod 2014: 40: 1447– 1450.

22. De-Deus G, Belladonna FG, Souza EM, Silva EJ, Neves AA, Alves H, Lopes RT, Versiani MA. Micro-computed tomographic assessment on the effect of ProTaper Next and Twisted File Adaptive Systems on dentinal cracks. J Endod 2015: 41: 1116–1119.

23. Pop I, Manoharan A, Zanini F, Tromba G, Patel S, Foschi F. Synchrotron light-based lCT to analyse the presence of dentinal microcracks post-rotary and reciprocating NiTi instrumentation. Clin Oral Investig 2015: 19: 11–16.

24. Arias A, Lee YH, Peters CI, Gluskin AH, Peters OA. Comparison of 2 canal preparation techniques in the induction of microcracks: a pilot study with cadaver mandibles. J Endod 2014: 40: 982–985.

25. Shemesh H. Endodontic instrumentation and root filling procedures: effect on mechanical integrity of dentin. Endodontic Topics 2015, 33, 43–49





4 件のコメント:

  1. たまたま見かけたのですが、コメントさせて頂きたいと思います。
    引用文献19、20の共著者です。
    次のような論文も書いています。英語にはしていません。
    2014JEA61-69垂直性歯根破折の原因

    以下のような、非根管治療歯の根尖性垂直性歯根破折の報告があります。
    これを踏まえないと根管形成による影響やVRFの真の原因、複合的な原因かもしれませんが、突き止められないのではないかと考えています。イスマスのような歯の形態がかなり影響しているのではないかと思います。
    Oral Surg Oral Med Oral Pathol Oral Radiol Endod2009;107:e39-e42
    1995JOE337-339
    1998JOE678-681
    歯根の形態は複雑な局面で形成されていますが、それぞれの面の応力も関係ありそうです。
    根尖まで器具を入れなければ破折の予防になりそうですが、器具を入れたところまでは根管壁に亀裂が入ります。これはどこかの論文に記載しておいたと思います。歯根中央部での破折はそうでないと説明がつきません。 先生がどういう方なのかわかりませんが、よく勉強なさっていると思います。しかし、上記のようなことも含めて検討して頂ければと思います。
    吉岡隆知 yoshioka@endo-pro.com

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    1. 吉岡先生、コメントをいただきありがとうございます。おっしゃる通り、単純に破折を考えることができないのは承知しております。ただ私がここで言いたかったのは、クラック起きると言っているけれどもそれは口腔内の状態を完全に再現した状態のものではない(特に歯牙が乾燥しておたらなおさら)ので、それをそのまま臨床でロータリーを使用すると歯が割れる!などとは言ってしまうと多くの人をミスリードしてしまうのではないのか?という思いで問題提起をしたかったというのが実際のところです。超音波で逆根管形成するとクラックが入る(in vitro)でも歯周組織が存在すればクラックが入りにくいという解釈が広く受け入れられているように、Ni-Tiでも似たような結果になるのではないか?と僕は考えていますが、JOE 2015 12月号でRoseが(豚を使用したものではありますが)まさにそのことを示唆するペーパーを発表していますので私の今の立ち位置は破折を極力防ぐにはやはりシルダーが言うようにkeeping the apical opening as small as practical、つまりオーバーインスツルメンテーションが影響するのではないか?と思っています。しかしこのテーマは深いですね。ご指摘いただいたペーパーも興味深く拝見させていただきました。今後ともご指導のほど宜しくお願い申し上げます。 松浦

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  2. 皆様へ追記!
    An Evaluation of Apical Cracks in Teeth Undergoing Orthograde Root Canal Instrumentation. Rose E, Svec T. J Endod. 2015 Dec;41(12):2021-4.→http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26472677
    面白いので興味がある先生は是非読まれてみてください!

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  3. アメリカに臨床留学を考えている研修医の朴と申します。
    endodonticsに興味があり、最終的にはアメリカで専門医になりたいと思い調べてたところこのブログに出会いました。
    アメリアへの留学について色々調べてはいますが、わからないことだらけです。
    カリフォルニア州は専門医になれば、大学に行かなくてもアメリカのライセンスが取れるんでしょうか?
    uscに入ったきっかけはなんですか?
    入学試験はどのようなものですか?toeflとnbdeが必要ですか?
    endodontistはすごく人気ある科だと聞きましたが、倍率はどのぐらいでしたか?
    いきなり色々質問して申し訳ないです。宜しくお願いします。

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